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1978年、財政難に苦しんできたウィリアムズ・チームが再出発を期し、体制を一新して作り上げたマシンがFW06です。サウジアラビア王室に実車を持ち込み、サウジアラビア航空をスポンサーに口説き落としたことでチームは安定。パトリック・ヘッドが設計を手がけ、レーシングカーの基本に忠実に、コンパクトで小回りの利くマシンに仕上げたことが功を奏し、チームは一躍、上位陣の仲間入り。今日まで続く、名門ウィリアムズの礎を築いたのです。
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最大1300馬力以上とも言われる驚異のパワーを誇ったホンダ製ターボエンジンRA167Eを搭載し、1987年に16戦9勝という速さを見せたのが
FW11Bです。チーム設立当初からのマシン作りに対する信念とも言える、低重心でハンドリング特性に優れたFW11Bの車体特性と相まって、ライバルチームとの差は歴然。ネルソン・ピケとナイジェル・マンセルの二人が熾烈なタイトル争いを繰り広げ、この年のチャンピオンシップを大いに盛り上げたのです。
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1994年、念願のウィリアムズ入りを果たした音速の貴公子アイルトン・セナに用意されたのが、FW16です。この年からアクティブサスペンションなどのハイテクが禁止され、FW16はブーメラン形状のリアウイングや先鋭的な翼型リアサスペンションなどで対応したものの、挙動の過敏さは抑えられず。第3
戦、悪夢のサンマリノGPにおけるセナの事故死を乗り越え、チームは第9戦ドイツGPから改良型を投入。3年連続となるチームタイトルを守り抜いたのです。
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マシンの車体幅が2000mmから1800mmへとナロー化され、タイヤも溝付きへと車体規定が大きく変わった1998年、チームにとって1983年以来となる栄光のカーナンバー1を付けたマシンがFW20です。しかしルノーが撤退したことで開発が止まったエンジンは戦闘力不足。王者ヴィルヌーヴをもってしても苦戦を強いられ、チームはこの年、3度の表彰台がやっと。1988年以来の無勝利となりながらも、ランキング3位を死守したのです。
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1977年の登場以来、F1界を席巻したグラウンドエフェクトカーの理論を、入念に研究した上で開発したFW07は、79年にチームに初優勝をもたらしました。マシン全体をウイング形状とし、路面に押しつけることで驚くべきスピードでコーナーを曲がることが可能に。翌1980年を戦うために用意されたのが、改良型のFW07Bです。アラン・ジョーンズは5勝を挙げ、13ポイント差でチャンピオンを獲得。FW07Bは計6勝の活躍で、チームタイトルも制したのです。
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空力の天才エイドリアン・ニューウェイが手がけたFW14に、ハイテク機構を搭載し改良したのがFW14Bです。コンピュータ制御のアクティブサスペンションが路面の凹凸に合わせて動き、車高を一定に保つことで圧倒的な空力安定性と速さを誇り、16戦10勝。ナイジェル・マンセルは開幕から5戦連続ポール・トゥ・ウィンを飾り、シーズン第11戦にして早々と自身初のタイトルを獲得。ついに無冠の帝王という汚名を返上したのです。
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1996年に成功を収めたFW18を正常進化させたのが、FW19です。細身のハイノーズが特徴的で、パワフルなルノーRS9 エンジンを搭載。前年に鮮烈デビューを果たしたジャック・ヴィルヌーヴがこの年、リタイア以外はほとんど優勝という速さを見せつけ、フェラーリのミハエル・シューマッハとタイトル争いを展開。最終戦で、接触劇の末に3位でフィニッシュして自身初の戴冠。17戦中8勝10ポールの速さで、チームタイトルも獲得したのです。
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